顎変形症 治療まとめ

2017年10月に顎変形症の手術をしました。 治療の内容や感想をまとめたブログです。

手術日当日

手術日当日です。

6:30 起床。

寝起きに血液検査のため注射されました。

手術後数日は毎日血液検査で血を抜かれます。

 

飲み物が飲めるのが8:00までなので5回くらい水分摂取しました。

普段4時間くらいは水分取らなくてもいけるのに、飲んじゃダメって言われると飲みたくなりますね。

手術当日はご飯も食べられないので、ひたすらお水飲んでました。

 

手術中は何かあった時のため家族に来てもらい、手術が終わるまで待合室で待ってもらいます。

そのため母親に仕事を休んでもらって来てもらいました。

この歳になって親に仕事を休んでまで来てもらうのも気が引けましたが、ありがたかったです。

 

手術室に持ち込む荷物以外は一度病室から出さないといけないので、荷物をまとめます。

手術後に同じ部屋になるか分からない(緊急入院などで別の人が来る時がある)のと、防犯上荷物の管理が難しいとのことでした。

荷物は家族に頼んで持ち帰るか、病院のコインロッカーに預けるか、だそうです。

私はコインロッカーに預けました。

家族に持ち帰ってもらう人は、入院当日の荷物を少なくして、手術後部屋に戻るときに全部の荷物を持って来てもらうといいですね。

 

 

手術は11:00を予定していましたが、前の人が早く終わったようで10:20に早まりました。

心の準備がまだ出来ていない状態で、エコノミー症候群対策の医療用メディキュットと手術着に着替え、荷物を持ってオペ室に向かいます。

オペ室に入ると、ドラマで見るような感じの医療機器や照明があってようやく手術するんだな、と実感が湧きました。

手術台に寝かされ、ようやく担当の先生とご対面。

「いよいよだね!寝てる間に終わるから。終わった後パニックにならないでね。」と最後若干の不安感を与えてくれました。

(実際先生は感じが良く、とても良い先生です。)

そしてメガネを外されます。

私かなり視力が悪いのでメガネがないと、30cm手前しか見えない状態なので、もう周りの状態が分かりません。

左手の甲に麻酔を入れるための注射針を刺され、右手の甲にも注射針を刺されます。

なんのための注射針かは忘れてしましましたが、注射が苦手なのでせめて右手は麻酔が効いてからやって欲しかった。

酸素マスクを被せられ、麻酔を注入されます。

頭がぼーっとして気付かぬうちに落ちてました。

 

 

16:30 無事に目が覚める。

目覚めた瞬間感じたのは、「下顎めっちゃ痛い」でした。

痛くて痛くて、顎がガクガク震えてました。

その際、「名前分かる?」「手握れる?」「寒い?」と聞かれ、答えようと声を出すも全然話せませんでした。

物を口に入れたまま喋っているような感じです。

実際に上顎にマウスピースがついていたので話しづらかったです。

この時点ではまだ手術台に乗っていましたが、意識が戻ったため、ICU(集中治療室)へ運ばれます。

 

オペ室での下顎が痛い、というのを聴きとってもらえていたようで、痛み止めを2本打ってもらいました。

それから鼻血が詰まって口呼吸しか出来ない状態だったのですが、血の混ざった痰が絡んで呼吸も出来なくなるため、痰を吸引するチューブを持たされます。

最初の一回は看護師さんがやってくれましたが、自分でやったほうが変な所に当たらずちゃんと吸引できますからね。

ナースコールのボタンと痰の吸引チューブを手首に固定してくれました。

こりゃ、パニックになる人もいるわ。って今だから言えますが、終わった後は本当大変でした。

痛み止めが効き始め、痛みが和らぎ、痰の吸い取りも慣れたころ、先生がICUに来てくれました。

「手術無事に成功したよ。今が一番大変だけど、これから良くなる一方だから。」というようなことを言ってもらえましたが、正直それどころじゃなかったです。

記憶も曖昧で、手術が無事に終わったということだけ理解しました。

 

17:00両親と面会します。

その頃には父も仕事を終えて来てくれたようです。

メガネをしてなかったので、あまり見えませんでしたが私の姿を見た瞬間の両親は痛々しいものを見るような表情でした。

母親は泣きそうになってました。

しかしICUにいるのに携帯電話は鳴らす、医療機器に触る両親にイライラして、上手く話せないのも相まって会話はほとんどなかったです。

皆さんもICUでは携帯電話の原電は切って、勝手に患者さんや周りの機器に触れないようにしてください。

普通の病棟と違ってICUって患者自身動くことも出来ないし、生存するだけで精一杯の患者を集中的に看護する場所なので、お見舞いに来る人は勝手な判断で動かないように。

携帯電話も今はほとんど大丈夫とも言われていますが、医療機器に影響を及ぼす可能性があることを頭の片隅にいれておいてもらいたいです。

その後担当の先生が来て、両親にも手術の説明をし、17:30くらいに両親は帰って行きました。

 

 

体中がコードとチューブまみれだったので、その詳細です。

左手の甲…点滴

左手首…動脈針(ここから血を入れたり抜いたり)

左手指先…酸素濃度計

右手の甲…痛み止め用針

口の中…血抜きドレーン2本

鼻…胃チューブ(飲み込んだ血を吸い取るため)

尿道…尿管(トイレにいけないため)

体中に心電図

 

心電図の数は覚えていませんが、それを抜いても8本刺さっていました。

プラスで痰吸引チューブとナースコールのコードがあったわけです。

 

 

両親も帰って、そこから一晩ICUで過ごすわけですが、この時間が一番辛かったです。

メガネがないので、周りの状況も分からないし、時計も見えないし、ひたすら呼吸をすることだけに専念していました。

痰が詰まっては吸引してを繰り返し、熱も出てきて、3時間ごとに痛み止めを貰わないと耐えられない状態です。

胃チューブで胃の中の血を抜くのもそうですが、胃が入っている違和感が凄くて、少し体制を変えようものなら吐きそうになる気持ち悪さです。

そういえば、看護師さんが来るたび「吐き気はない?」と聞かれましたが、そのときはそこまで吐き気もなく、なぜ聞かれているか分かりませんでした。

胃チューブが気持ち悪くて吐いてしまう人がいるのと、口がほとんど開かないため吐くと気道確保出来なくなってしまうので頻繁に聞いてきたのかもしれません。

後は酸素濃度が下回るとエラー音が鳴るのですが、それがまた焦るんですよね。

鳴るたび深呼吸するも痰が詰まる、呼吸止まるって感じでした。

ただぼーっとしていられれば良かったのですが、苦しさと痛みで時間が流れるのが遅く、この夜が人生で一番長い夜でした。

そのため一睡もせず、次の日の朝を迎えます。